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田舎のおばさんの日々の暮らしを綴っています。ハンドルネームは菊です。


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旅立ち

巷はゴールデンウィークの浮かれ気分でいる中、夫のすぐ上の姉が亡くなり、お通夜、お葬式で名古屋へ行って来ました。
義姉は、「筋委縮性側索硬化症」と言う難病でした。
お姑さんの介護をして、101歳のお姑さんを一昨年送り・・・それより少し前から不調はあったようです。
初めは、言葉が思うように発音できなくて、介護をしながら、病院にもかかっていたそうです。
原因が何か分からなく、いろんな検査をしても、分からなかったそうです。
そのうち、食べ物が呑み込めなくなり、介護食を作りながら、自分も流動食になっていたとか。
病名が分かったときには、かなり病気も進行していました。

夫が知らせを受けたのは、昨年の7月のことでした。
病院にお見舞いに行くと、その頃は、もう声も奪われて、筆談でした。
「延命治療は希望しません」と書いた紙を見せて、それなのに胃瘻されてしまったと悔しそうに涙ぐんでいたのを思い出します。
それでも、筆談で話をしていると、笑みさえ浮かんで、強い人だなと思いました。
「お姑さんの介護で無理をしてしまったのでは?」と聞くと、それはないと言うように手を振り、
「原因も治療法もないのだから、仕方ないよ。」とペンを走らせ、笑っていました。
ご主人が胃瘻の仕方を覚えたら、退院して、自宅療養になるのだと。

退院してから、2度ほどお見舞いに行きました。
いつも、穏やかに笑って迎えてくれ、筆談をしながら笑うこともありました。
体の機能がだんだんに失われて、話すことも、食べることも、飲むことも出来ないのに、どうしてあんなに穏やかでいられるのか・・・・・・・。
つばを飲みこむことも、痰さえも器械で取り除かなければならないのに。

泣いたって、落ち込んだって、当たり前なのに。
夫の姉や妹の中で、私は一番好きな、お姉さんでした。
いつも明るくて、さばさばしていて、思いやりのある人でした。笑顔の素敵な人でした。

歳が明けて、お見舞いに行きたいと思いながら、インフルエンザの流行や、私の風邪ひき、仕事の忙しさや、大きなストレスを抱えてしまって、月日は経つばかり。
とうとう会うこともなく、旅立ってしまいました。

棺の中に、お寿司や、ケーキの箱が入れられているの見て、涙がこみあげました。
お姉さん、あなたが最後に口にしたかったのは、何だったのでしょうか。
冷たいコップ一杯の水のような気がします。
一年間近い月日を、胃瘻をしながら、死と向き合って、それでも穏やかにしていられたのは、あなたの精神力の強さと優しさですよね。

姪に、どうして延命治療を希望しないと紙に書いたのに、本人の意思を聞いてもらえなかったのかと聞きました。
何も治療をしないと言いうことは、病院から見放されることだそうです。
それで仕方なく、胃瘻を選んだのだと。

お姉さん、私はあなたから、どう生きるべきを学ばせて頂きました。
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by kikutukuri | 2014-05-05 22:55 | つれづれ