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田舎のおばさんの日々の暮らしを綴っています。ハンドルネームは菊です。


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カテゴリ:老いと道連れ(終活)( 35 )

シルバーハウス

昨年の秋に、夫と住宅展示場を見に行った。
一昨年、断念したシルバーハウス作りを、真剣に考えようと話しあって、新聞の広告などを見たり、新築した人の話を参考にしたりしたりして、検討した。

何とか、こちらの予算に見合って、希望も取り入れた住宅メーカーも見つかり、話もとんとんと進んで行ったのだけど、やはり宅地が道路交通法で、道より後退するのが。少し引っかかってしまって、頓挫していた。
でも何とか、許可が下りた~!

暮れから、許可が降りたら年明けに、家の前の長屋(古い家屋)を解体することになっていたので、仕事の合間を見ては片付けをしていた。
今は廃棄物も支分けが大変なのだそうだ。

物置になっていた長屋には、古い農機具や、お米を保存するブリキの大きな缶や、姑の嫁入り道具の寝具の入った長持ちや、古い箪笥、その他諸々の生活不用品でいっぱいになっていた。
解体業者にお任せすれば、お金もかかるので、自分たちで出来ることは自分たちで片付けようと、夫と、トラックで何度もリサイクル処分場へ運んだ。
そして、燃やせるゴミは、ゴミ収集日に出すように、ゴミ袋に詰めて運ぶのは私の仕事。

仕事と、孫ちゃん誕生と、風邪引きと、解体の為の片付けと、我ながらよく動いたと思う。

2月になって、解体してもらい、10日は地鎮祭をした。
「こんなことは、人生でもそう何べんも無いことだから、お孫さんにも見せてあげると良いですよ。}と営業のお兄さんが言ってくれたけど、寒いし、まだ小さい、こうちゃんもつれてくると大変なので、拓ママは残念がりながらも辞退した。
風は強くて寒かったけど、良いお天気で無事済ますことが出来た。

11日は、こちらでは珍しく雪が降り積もるような日だったけど、地盤調査のお兄さんが来て、雪に濡れながら調査をして行った。

そして今日、地盤調査の結果もOKが出たと連絡があった。

この寒さの中での、家づくりの初段階の仕事をしてくれる人達に、夫と私はお芋をストーブで焼いてねぎらうことにした。
全て受け作業なので、おやつの心配は要らないと聞いていたけど、せめてもの感謝の気持ちなのだ。
解体から始まった家づくりにかかわる人達と、話をすることによって、自分たちも参加している思いが強くなるのだ。

(地鎮祭の写真を沢山撮って貰ったけど、顔がもろ見えなので、アップはやめにしました。)
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by kikutukuri | 2011-02-15 21:24 | 老いと道連れ(終活) | Comments(7)

酢漬け

1か月ほど前に、体操教室のお友達が、脳梗塞になった。
救急車で運ばれて行くのに記憶がなかったそうだ。
気がついと時、天井が家とは違うので、「私、どこにる?」と付き添っていた御主人に聞いたそうだ。
退院してきて1週間目で、体操教室に来た。
病院の先生に積極的に体を動かすように、体操教室も参加するようにすすめられたそうだ。
自覚症状はなかったのかと聞いたら、吐き気はしていたけど、それから先の記憶が全くないと言った。
私の従姉妹も一昨年、脳梗塞で突然に亡くなった。
とてもショックっだし、いまだに信じられない気持でいる。
運動や食生活を気をつけることで、少しでも回避できるなら・・・・。
先日スーパーのレジの所の本のコーナーで、お酢の特集の本を見つけ、買った。
お酢の効能と、それに漬ける野菜が特集してあった。
全て鵜呑みで信じるわけではないけど、食生活の中に取り入れることは悪いことではないと思う。
玉ねぎの酢漬けと、黒豆の酢漬けを作った。
玉ねぎの酢漬けは、そのまま食べると、ちょっときついので、千切りキュウリや、カニカマと和えて食べると美味しい。
黒豆は一日5個から10個を頂く。
体に良い食べ物など、若いころには気にもしなかったのに。
口に運ぶものは、少しでも体に良い物と意識するようになったのは、歳を取った証拠?(笑)
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by kikutukuri | 2010-07-20 16:45 | 老いと道連れ(終活) | Comments(4)
先日TVを見ていて、「ロコモティブシンドローム」と言う言葉を知った。
詳しくはhttp://www.jcoa.gr.jp/locomo/teigi.htmlに説明されています。
これはまだ自分には先のことと思ってしまうけど・・・日ごろの心掛けが大切だと思う。
私は今、毎週体操教室に行くことと、朝時間のあるときは、教育TVのラジオ体操をやること、毎晩ではないけどダンベル体操をしている。
それと気がついた時に、ストレッチや、スクワットを少しやる。
子供の頃から運動神経は抜群の鈍さなので、個人でやることしかやらない。

子供たちが学校へ行っている時はPTAや、婦人会のリクエーションなどで、ソフトバレーや踊りなどを仕方なく参加した。
「リクエーションだから、楽しんでやれば良いのだから出てよ。」と誘われても、実際のところ試合になれば、ひたすら足をひっぱる存在でしかない。
上手な人は熱くなるから、私のサーブが届かなかったり、パスが出来なかったりすると不機嫌になる。
踊りも余興だからと言いながら、「あなたはみんなと流れについていけない。」と言われて、練習の休憩時間に同じように下手な人と余分に練習させられる羽目になった。
余興なら下手も御愛嬌ではダメなのかなと思った。
勝ち負けのあるもの、団体で動きが揃っていなくてはいけないものはやらないことにしている。

でも体を動かすことは嫌いではない。
結構な健康オタクで、ルームウオーカー、バランスボール、自転車のこぐもの(名前を忘れた。笑)ダンベル、ゴムバンド、ストレッチや太極拳のビデオ・・・と比較的安いものはどれも飛びついた。
そして今も思いつくと使っている。
体操教室は、みんなで号令をかけて同じ動きをするけど、個人個人の体調でやるので、安心していられる。
先生に動きを注意されても、恥ずかしいとは思わず、間違った動きを身につけなくて良かったと、有難い気持ちになる。

TVで「太極拳柔力球」というのを紹介していた。
バトミントンのラケットのようなものに、球を乗せて、それを落とさないように、太極拳の動きをするものだった。
ゆるやかな動きでラケットを動かすので、何だか自分にも出来そうな気がした。
ネットで調べて、即注文した。
さて、どうなるか?
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by kikutukuri | 2010-05-20 21:48 | 老いと道連れ(終活) | Comments(4)

整形外科へ

仕事が一段落すると、体のあちこちが痛くなる。
ここ一週間ばかり膝や股関節、くるぶしが痛い。
これも加齢からくるものだから仕方ないのかなと思うけど、整形外科へ行った。
駐車場がすでに満車の状態で、やっと出ていく車の後へ入れることが出来た。
待合室は超満員で、腰の痛そうな人、足を引きずっている人、腕をつっている人と老若男女でいっぱい。
私も膝が痛いけど、普通に歩けるから、私は軽い方かなと思ってしまう。
ここのクリニックは、以前頑固な50肩で毎週通院していた。
ヒアルロンサンの注射を打って貰って、リハビリと整体に通うように言われて、リハビリと整体が辛くて逃げたのだった。
それから自彊術体操に出会って、肩が固まることも無く今に至っている。
膝の軟骨がすり減っていないかと、体操で正座するのが膝に悪くないかを聞きたくて受診したのだった、
股関節もくるぶしも大丈夫で、膝は3年前と変わっていないと聞いて一安心。
多分、疲れからきているだろうとのこと。
膝にヒアルロンサンの注射を打ってくれた。
体操は続けてやるように、正座も大丈夫だそうだ。
電気のリハビリをやっていくように言われて、係のお姉さんが「お久しぶりさんのリハビリです。」と言う。(笑)
確かにお久しぶりだけど、以前罹った時よりは、体は柔らかくなっていると思うし、積極的に自分で治そうとしているけど・・・・。
人間長くやっていると、あちこちガタが出てくるなあ。
車や機械なら部品を変えれば良いけど、人の体はそんなわけにはいかない。
痛みをごまかし、動きを緩和して生きていくことになる。
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写真は以前、キルトショップで貰ったサンプル布を思いつくまま繋げたもの。
これでポーチでも作ろうかな。
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by kikutukuri | 2010-05-14 22:27 | 老いと道連れ(終活) | Comments(8)

ちょっと入院

8日から11日の3泊4日でプチ入院していました。
前回の検査でポリープが1つ見つかったので取ってもらったのです。
おおらかそうに見えて、本当は神経質な性格なので、夜寝ていると意識の中でポリープがどんどん大きくなって怖かったのです。
早く取ってほしいとお願いすると、先生は「心配のしすぎだよ。」と笑っていました。
看護師さんが、「〇〇さんのポリープは先生が気にしないくらいだから、そんなに心配することはありませんよ。」と言ってくれたのですが。
でも余分なものは取ってしまった方がいい~!
今回は痛みも何もなく、目が覚めたらベッドに寝ていました。
でも入院中は、具の無いお味噌汁やスープの流動食だけです。
ヨーグルト(果肉の入っていない)やプリン、アメは許可されていたけど、お腹が空きました。
退院する日の昼食に、お粥が出ました。
お粥の美味しかったこと!(笑)
健康で何でも美味しく食べられることは幸せですね。

ネット友さんのはなみずきさんのブログで、「納豆チーズトースト」が美味しそうだったので作ってみました。
パンと納豆、よくあいます。
パンもお米も、それ自体はあまり味の主張がないのでよいのかも。
パンに和の食品もあうのですね。
我が家では、ちりめんじゃことマヨネーズを和えて、トーストに塗って焼くのが娘達に好評でした。
それと、スライスチーズを海苔の下に巻いたおにぎりや、海苔巻トーストも。
すっきりしたら、食べることに興味が湧いてきました。
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by kikutukuri | 2010-02-14 23:37 | 老いと道連れ(終活) | Comments(8)
点滴スタンドを引きずっての1週間は、シャワーも、外出も、洗濯も出来なかった。
自由の身になった時、同室の仲間はみな、私より若い人ばかりになっていた。
朝のおはようの挨拶の後は、決まって「もう出た?」だった。

2時の検温が済むと、連れだってお散歩に出掛けた。
クリニックの周りは畑に囲まれていて、車の通りも少なく、病室の窓からも犬を散歩させている人がよくみられた、
大抵4~5人で出掛けた。
東側へ行くと、ロー〇ソンがあるし、西側へ行くと〇ークルKがある。
「今日はどっちへ行く?」と話しながら、〇ーソンへ行くことの方が多かった。
コンビニで買い物をして帰ってくると30分くらいかかる。
畑の中に新築の瀟洒な家がポツンポツンと建っている。
「このおうちは雑誌に出てくるように素敵だね。」とか「ここはカフェでもやれそうな建て方だね。」「日当たりが良くて、こんな素敵なおうちに住みたいね。」とおばさん達は話しながら歩く。
「こんなおばさんの団体が歩いていると何だろうと思うよね。」
「クリニックの看板が見えるから、そこの患者だと思うよ。」
「でも〇ーソンのすぐ傍にも同じ肛門科の医院があるから、どっちの患者か分からないよね。」
「どっちにしても黄門さまご一行だよね。」と言いながら笑う。
お散歩でコンビニに行く目的は、ヨーグルトを買いにいくことなのだ。

「いくら仲の良いお友達でも、この病室で話していることなんか話さないよね。」と笑った。
そうなのだ。
生きていくためにはとても大切な排泄に関する話なんてしない。
どうしたら、お通じがよくなるかとか、お通じが良くなる食べ物や、料理なんて。
クリニックの食事は、いつも美味しかったし、野菜や魚が中心の食事だった。
副菜の小鉢は、家に帰ってからの調理のヒントになるものばかりだった。
気がつくとメモをしたけど、毎食メモを取っておけばよかったと、後から気がついた。
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by kikutukuri | 2009-12-23 20:20 | 老いと道連れ(終活) | Comments(0)

入院生活 勉強会その2

2回目の勉強会は「大腸」のお話だった。
ポリープや、大腸癌の話で、これも笑っている間に時間が過ぎた。
女性に大腸がんが多いのは、恥ずかしいという気持ちが、早期発見を遅らせているからだ。
入院患者だけでなく。もっと広く聞く機会があれば、排泄の大切さや、大腸検査も進んで受けるようになるだろうにと思った。

痔は国によってはならないのだろうか?
「何か質問がありますか?」と言う勉強会が終わってから、気になりだした。
診察の時に聞いてみた。
答えは、日本人でもアメリカ人でも、アフリカ人でも、どこの国の人でもなるそうだ。
食べ物との因果関係は分からないそうだ。
「でも海藻や野菜などの食物繊維の多い物を食べていれば便秘にならないから、まんざら関係ないことはないよね。」と同室の人たちと話した。

動物はならないのかな?
退院してから、ネットで検索して調べてみた。
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by kikutukuri | 2009-12-23 19:41 | 老いと道連れ(終活) | Comments(0)

入院生活 勉強会

私が入院したクリニックでは毎週金曜日の夜に勉強会があった。
これは「痔」のお話と「大腸」のお話の2回あった。
ほぼ強制的で、ちょうど入院した日によっては、出席出来なかった人は、退院してからでも聞きに来るようにすすめられていた。
私は月曜に手術したのだが、1週間ばかり調子が悪かったので、本音では「何だか面倒くさいな~。」と思っていた。
最初の会は「痔」のお話だった。
先生のユーモアたっぷりのお話は飽きることなく、あっと言う間に時間が過ぎた。
先生のパソコンをTVに繋げて、色んな痔の写真や、手術の様子なども見せてもらった。
排泄の大切さも改めて感じた。
「私は高齢者で余命が後2年しかないという人でも、残りの2年を快適に過ごして貰うために手術をすすめます。」と言われた言葉が印象に残った。

私が入院したばかりのころ、同室にはMさんとToさんがいた。
二人は私より年上で、Mさんは明るくて面倒見が良い、リーダーシップがとれる人だった。
Toさんはもの静かな人で、いつもカーテンを閉め切って、ほとんど人と話をしなかった。
「昼間は出来るだけ、人と話をしたりしていないと夜眠れなくなるよ。」と言って、Mさんはカーテン越しにいつも話しかけていた。
Mさんは、体調が悪くて落ち込んでいる私にも、「ほらここへきて、太陽にあたりなさいよ。」と気を使ってくれた。
そのToさんが、勉強会の後は何だか明るくなって、話をするようになった。
Toさんとは6日ほど一緒で、退院して行った。
後から聞いたことでは、術後の調子が悪いのではないかと、一人で取り越し苦労をしていたそうだ。
入院する前にネットで色々調べて、悪い方ばかりに考えていたようだ。
それが勉強会で払拭されたそうだ。

Toさんが退院する時、「それなら海外旅行から帰って来たように見えるから大丈夫!」とMさんが太鼓判を押す。
Toさんはお洒落な人らしく、素敵な服装でブランド物のボストンバックを下げていた。
{でも頭が白髪も見えるし、ボサボサで・・・。」と言うToさんに、「そんなもの帽子をかぶればわからないよ。」とMさんも言う。
Toさんが入院するのは内緒で、近所の人に聞かれたら、海外旅行に行っていることにしていたのだそうだ。
それをご主人が間違えて、親戚の人に聞かれて、海外旅行と言ってしまったとか。
親戚の人も、そのうち海外旅行のお土産が届くと待っているねと大笑いだった。
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by kikutukuri | 2009-12-23 19:22 | 老いと道連れ(終活) | Comments(0)
Mikaさんとの会話は、お互いに通じなくて笑顔でうなずいてごまかすこともありました。
日本へ来て2年になるけど、ご主人以外は、パートで働いている所も中国の人が多くいて、ほとんどその人たちとの会話なので、日本語に触れる機会は少ないのだそうです。
日本語の教科書を開いては見ていました。
よく知らない国へ来て、言葉も通じなくての入院はさぞ心細いだろうと思いましたが、彼女はとても明るくて、病室の人気者でした。
朝7時と午後2時に検温があって、元気になれば少しの外出も許可されます。
Mikaさんは2時の検温は、計った体温計をベッドに置いて、迎えに来た中国のお友達と、夕食前まで外出でした。
「また、Mikaさんが脱出した~!」とよく笑いました。
中国のことや、家族のことを聞くと、とても嬉しそうに話してくれます。

Oさんが言います。「自分の妹や弟には、妹さん、弟さんとさんをつけてはダメ。自分の主人はご主人ではなくて、主人でいいの。」
「シュージン」とMikaさんが言います。
「違う、違う、シュジン。シュージンはこれ。」とOさんが両手を揃えて手錠に繋がれた格好をします。
「シュージン、囚人・・・中国でも同じに言う。」とMikaさん。3人で大笑いです。

どうしたら上手に会話が出来るかな。
漢字は中国も同じだから、漢字の意味もそんなに違わないだろう。
メモ帳に思いつく漢字を書いて、「これは中国ではどう読むの?」と聞きました。
家族の名前を書いて、「中国語で読んで。」と頼みました。
孫の拓ちゃんは中国では「トゥハイ君」と読むそうです。
WさんもMikaさんに中国語の個人レッスンを受けていました。

3食昼寝付きの優雅な生活に、体重が少し増えたのが、みんなの悩みでした。
一番若いMikaさんも、お腹に肉がついたと言って、病室が消灯後は、食堂に行って一人でTVを見ながら、よく踊っていました。
食堂は消灯後1時間はTVを付けていても良かったのです。

「Mikaさん、ウエストが細くなる踊りを教えて~!」と、同じ部屋のおばさん達が、Mikaさんの真似をして、手をあげ腰をひねって真似をします。
開け放した病室の前を通る看護師さんや、患者さんが覗いて行きます。(笑)

Mikaさんが退院して行くとき、「サイチェン(再見)」と言ってお別れしました。
早く日本語が使えるようになると良いね。
いつまでも元気で明るいMikaさんでいてね。
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by kikutukuri | 2009-12-19 22:23 | 老いと道連れ(終活) | Comments(2)
入院生活を少し書いていこうと思います。
手術後数日は、体調も思わしくなく、大人しく過ごしていました。
でも日にち薬で、体力が回復してくるにつれ入院生活も楽しめるようになりました。
総合病院の6人部屋では、それぞれの病気も違って、同室とは言えカーテンを閉めたままで、お互いの迷惑にならないように気をつけるところですが・・・・・。
私が入院したのは、肛門科のクリニックです。
そこは同病で同じ痛みを分かち合った仲間です。
誰かしらカーテンを開いて、そこへ集まりおしゃべりをしていました。

同じ部屋に、私より1週間先に手術した、中国人のMikaさんがいました。
MIkaさんが一番若かったです。
日本人と結婚して、日本に来て2年目だそうで、日本語も片言です。
毎日、ベッドで中国語の日本語教科書を見ていました。
でも彼女はいつもニコニコと笑って、人懐っこかったです。
「日本語は難しい。」が口癖でした。
食事は食堂へ行くのですが、私はいつも、同じ日に手術をしたOさんとMikaさんの3人で同じテーブルに座りました。
食事をする前に、「頂きます。」と私が手を合わせるのを、Mikaさんも笑って真似するようになりました。
私が点滴スタンドを引きずっている間は、食器の後片付けを、いつも笑ってやってくれました。
そして「ご馳走さま。」と言うと、「どうして様をつける?分からない。御苦労さまもお疲れ様も様が付いている。」と言うのです。
そんなこと今まで考えたこともありませんでした。
どう説明したら良いのか・・・・???
退院してから、広辞苑で様を引いてみました。
「様をつける・・・敬うが上にも敬う」・・・これでは私にも分かりません。
様をつける・・・労りや感謝の気持ちを込める・・・こんなことで良いのかな~。

挨拶も日本語は「おはよう、こんにちは、こんばんは」と時間で使い分けるけど、中国では「ニーハオ」で全てすんでしまうと言うのです。
「ありがとう・・・シェイシェイだし、さようならはサイテェン」だと。
確かに日本語ではそうした言葉の意味を、色んな言葉で表現します。
何だかとても新鮮な会話でした。

でもMikaさんと二人での会話は、日本語がよくわからないので、気を使って疲れてしまいます。
だから、いつもOさんと3人での会話でした。
Mikaさんとおしゃべりした後は、Oさんも片言の日本語になってしまって、「Oさん日本語が可笑しいよ。」と注意してはよく笑いました。

Mikaさんは、煮魚が嫌いなようで、煮魚が出ると「甘い~!甘い~!」と言って、喉元を気持ち悪そうにさわります。
Oさんが「甘い~!はダメ!体に良いのだからね。美味しい、美味しい!」と世話をやきます。
唐辛子を効かせた料理が食べたいらしく、「そんなのはダメ、ダメ!お尻が火を吹くよ。」
「でも子供の頃から唐辛子を使った料理を食べ付けていたら、私たちが思うほど、体にダメージはないかもね。」と私も言いながら、笑い転げていました。
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写真は食べ掛けではありません。
ご飯が多いので、私はいつも半分に減らしてもらいました。
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by kikutukuri | 2009-12-17 22:07 | 老いと道連れ(終活) | Comments(2)